「公」と「私」の境界線がはっきりしているいる日本では、性という極めてプライベートなことはパートナーや家族といった親しい間柄ですら共有されることは稀である。そこでSalt Consultingは、西洋で活発的に見られるセックスポジティブ運動が、日本の社会と文化にどのように現れ、影響を与えているのかを探求した。
性教育の見直しとしてのセックスポジティブ運動
日本の性教育は、他の先進国に比べて大幅に遅れていると指摘される。性教育の主な内容は、生物学的な男女の仕組みに注力して、セックスは性病や妊娠の可能性を孕む怖くて気持ちが悪いものとして取り上げられている。教室で扱われていない性に対する純粋な好奇心は、極端な性描写のポルノコンテンツで満たされ、さらに認識を歪めてしまっている。
そんな日本でも近年、性に対する様々なアプローチが現れ始めた。いわゆる、「女性問題」や「フェムテック」といった話題は、女性視点の社会情勢が関心を集めていることの副産物とも言える。ソーシャルメディアやYouTubeを通じた、女性達の生の声を発信する場が増え、女性の生殖に関する健康、性的同意、学校における性教育の在り方など、これまで光が当たらなかった分野に注目が集まり出した。
そして現在、性といった話題は、SNSやユーチューブから、テレビというマスメディアにも波及し、有名な芸能人を初め、AV男優・女優も性教育やAVが作り上げた歪んだ性の認識を正すように声をあげている。
性に対する寛容性としてのセックスポジティブ運動
女性の「生殖の健康」や「性的快楽」は徐々に標準化してきており、この兆候は小売の世界でも見かける。これまで大人のおもちゃは、路地裏にひっそりたたずむアダルトショップや、怪しげなオンラインストアでの購入が一般的だった。だが、今はインテリアに馴染むようなパステルカラーを基調にした、スタイリッシュで抽象的なデザインのおもちゃがデパートの売り場にも登場するようになった。このことからも、性は日常生活の一部として当たり前になりつつあると見て取れる。
現在の日本のセックスポジティブ運動は、女性を対象とした商品やサービスを提供するフェムテックによって牽引されている。近年は、「男性問題」を対象にするメンテックも注目を集めているが、男性が抱える性に関する悩みは恥ずかしく、オープンに取り上げることは男らしさが損なわれるとされているため、そこには未だタブーの壁が存在する。
それでも、ED(勃起不全)の製品やサービスのブランディングや広告にて、オープンで寛容的なトーンが普及しつつある。EDの原因は肉体的な問題に限らず、精神的な側面も要因であることや、パートナーと性に関する悩みや問題について話し合うことは、極めて一般的なこととして訴えられている。これらの要素は、男らしさの在り方にも影響を及ぼしている。肉体的に強く、弱音を一切吐かない典型的な男性像から、気まずいことでも打ち明けられるソフトな男性像の表現として広がりを見せている。
男女間の共通認識を生むセックスポジティブ運動
毎年公表される、日本のセックスレスに関する統計からは、高齢化社会による厳しい見通しが示されている。これらの統計からは、単にセックスレスだけではなく、男女の交際に対する諦めや抵抗も読み取れる。また、パートナー間で積極的に性の問題を取り上げることは、意図せず相手に要求や不満を押し付けてしまうことや、恥ずかしさを感じることがあるため、多くの人が避ける話題となっている。だが、とある国内のセックストイブランドは、この問題を好奇と捉え、男女間における性の親密さの再発見を促すための商品ラインアップを開発した。それらの見た目や雰囲気は、男性がそそられるAVで見るようなエロとは無縁である。直接的な性描写の典型的なセックストイとは一線を画し、官能的な要素を際立たせ、男女分け隔てなくアピールする商品になっている。
また、不妊治療やプレコンセプションケア(妊娠に向けた健康な身体作り)の分野では、女性に大きな負担がかかっていたことが変わりつつある。男性も自分の問題として捉えるようになり、夫婦が共に取り組む共通の認識へとシフトし始めた。このシフトは、男性向けの精子の健康を促進するサプリメントや、妊活をサポートするプロテインといった商品にも現れ、協力的でソフトな男性像を反映している。
しかし、強く、弱音を吐かない、成果を重要視するといった従来の男らしさを想起する言葉遣いとビジュアルが使われものも継続的に多々出回っており、依然として古い男性像の根強さが垣間見える。
「性」の概念を広げることは成長痛を伴う
従来の典型的な「女性らしさ」や「男性らしさ」、そして「性」の概念における新たな風潮や変化が社会に定着するには、時間がかかるだろう。これまでは、社会での女性の役割が重点的に議論にあがり、女性らしさの意味が広げられてきた。しかしその一方で、男性は社会から押し付けられた「過程より成果を重要視する強い男性像」から、未だに抜け出ていない状況が浮き彫りになっている。
日本におけるセックスポジティブ運動の現れには、男性視点も議論に含まれるようになったが、男性からも性にまつわる繊細な問題に積極的に取り組み、今後はそのタブーの壁を突破する必要がある。今まで強さが求められてきた男性にとって、もろい一面を見せることは成長痛を伴うのではないだろうか。
Salt Consultingは、これからも日本の社会と文化に関する様々な事象に注目し続けたい。